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 戸川純が女性の生理を作品化して、成功を収めた初めての存在だとしたら、彼女の友人でもあったロリータ順子は、そのさきがけのような存在だ。その名前を記憶している人はごく一部に限られ、メジャーフィールドで活躍した訳では無いけれど、80年代の…いや、80年代だけでなく、AKBが謳歌してる今の日本にとって、素人の少女が日本文化のキーとなっていく、その走りだったのかもしれない。

 ロリータ順子こと篠崎順子は1962年生まれ。雑誌『HEAVEN』『月光』にエッセイ等を執筆する他、バンド「だめなあたし」「タコ」で活躍。1987年7月1日、風邪をこじらせ、咽喉に嘔吐物を詰まらせて永眠。

 前回で紹介した『ポケットは80年代がいっぱい』で、香山リカが『HEAVEN』編集部に初めて原稿を届けに行く場面が書かれていて、その殺風景なビルの2階の"雑居部屋"とでも言うべき場所に居たのが編集の山崎春美と、彼の怒鳴り声で寝入りばなを起こされた不機嫌な彼女、これが「ロリータ順子」だった。

画像1 「そのうち、暗い奥の和室から、ソロソロという感じで誰かが出てきた。小柄で長髪の女性。顔は驚くほど青白い。大きい目のハデな顔だちだが、目の下にはクマがあり、ハタチにも40歳にも見える。
 『あ、順子ちゃん。起きちゃったんだ』
 『もー。せっかくちょっと眠れたのに。うるさくて起きちゃったじゃないの』」(『ポケットは80年代がいっぱい』)

 この『HEAVEN』にしても「タコ」にしても山崎春美という核があり、その人脈によって有象無象の参加者が入り乱れる「場」が活動の全てだと云ってよい。ロリータ順子も香山リカも、工藤冬里も佐藤薫も、山崎の磁場によって初めて関係付けされる。ロックバンドのグルーピーのような存在だった順子が、山崎によって才能を見いだされ、活動の場を与えられたとも云えるが、二人の関係はそう単純でも無く、対等でなく主従のようなそれであった。(先の引用で見られる通り、攻撃的な性格に見える山崎が"従"なのである。)

 彼女は頭の良い人だったようで、それは『月光』に連載されていたエッセイ「天使たちのマチエール」(筆名・篠崎順子)や、小説「スリーピング・パラダイス」(筆名・真行寺純)でも窺うことができる。特に後者は、山崎がモデルと思しき"J"という男が登場し、彼女との関係を次のように描写している。ただし、作者本人の弁では「あることないこと」と云う事だから、どこまで事実であるのかは分からない。

 「肩をいからせ、薄いまゆ毛と三白眼をつり上げ、人々を怒鳴りつける時のJと家に帰って私と二人きりになり、私の完璧なる奴隷と化すJはまるで、有名な二重人格症の症例として知られているイヴ・ブラックとイヴ・ホワイトのようであり、それらは表裏一体となってマゾヒズムとサディズムの一体性を実証していた。」(「スリーピング・パラダイス」)

 ここで、Jという人物を通して、「マゾヒズムとサディズムの一体性」という概念が語られているが、相反するものが実は一つの根から発しているという考えを、彼女は常から持っていたようだ。それは「天使たちのマチエール」のエッセイにも表れていて、「拒食症と過食症」「眠れぬ夜の旅の果て」「娼婦と少女と」等でも語られている。特に「拒食症と過食症」は本人も繰り返し患っていたという事で、過食と拒食はどちらでも寝返る可能性があり、そしてそれは抑え込まれていた他者への依存欲求‐‐「コドモに帰りたい」という一つの願望から発しているという卓見を示している。

画像1 食べて 吐いて また食べて

  No Fun eating no fan

 吐いて 吐いて 吐き続ける

  No pleasure spit how happy

 嘔吐中枢ぶっ壊れ
 吐けずに 苦しい それでも食べる

  No Fun eating no fan

 そのうち ぶくぶく太りだす
 しまいに ぶよぶよブタになる

  No future you are perfect fat

 食べて 吐いて また食べて

 自分の汚物が 自分の食事
 楽しい お地獄
 便器に アタマから 突込んで
 吐いたものを 再び食べる
   rat race
  hole earth
  come back

 食べて 吐いて また食べて

  No Fun eating no fan

 食べて 吐くのか!
 吐くために 食べるのか

  I can't stand it

 勝って 嬉しい はないちもんめ
 負けて 悔しい 黒星みっつ

 あの子が欲しい あの子じゃ いらない
 この子も欲しい この子じゃ 合わない

 1983年1月、ピナコテカという自主制作レーベルから、『タコ』というレコードが発売された。山崎春美の人脈により、遠藤ミチロウ、町田町蔵、工藤冬里、上野耕路、宮沢正一の他、坂本龍一まで参加し、80年代前半の日本インディーズを象徴するような一枚となった。「タコ」はメンバーを特定しない不定形ユニットの名称であるのだが、山崎春美、町田町蔵、ロリータ順子の3名がフロントとしてパフォーマンス部分を受け持っていたようだ。ロリータ順子は、ステージではヒラヒラした衣装を身に着け、アイドル歌謡的な側面を荷い、レコードでは「人捨て節」と「嘔吐中枢は世界の源」の2曲でヴォーカルを担当している。

taco_amachan 今回、先に引用した「嘔吐中枢は世界の源」は、クレジットでは「ロリータ順子 原詞」となっているので、おそらく山崎春美が手を加えたのかもしれない。ただ、詞の原型は近年発売された過去音源集『甘ちゃん』で確認でき、「だめなあたし」として1981年10月23日に新宿JAMに出演した時の音源が詞とともに収録されている。なお、この日のセットリストは、1.はないちもんめ/2.納豆のなかのなめくじ/3.特攻隊のおじさん/4.ムキムキマン/5.嘔吐中枢は世界の源。興味深いのは、タコの「嘔吐中枢~」のラストで花いちもんめのフレーズが出てくるのだが、もともとは別の曲として独立していたようだ。そしてこちらは「みんなあげない/わたしのものよ/みんなすきよ/わたしは欲しい」と正反対の内容で結ばれていて、ここでも相反するものは根は一つ、という解釈を可能にさせる。気に入ろうと気に入るまいと、他人には渡せないのだ。

 壊れた嘔吐中枢が作る「楽しい地獄」は、成熟拒否の結末だった。オセロのように入れ替わる支配者と被支配者の関係にしても、普通の恋愛のそれと何が異なるのだろう。ハタチにも40歳にも見えるという彼女が、ライブのオープニングで「至りませんが、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」とダルそうに訴える。対極から対極へ、大きく揺れる振子。山崎春美とロリータ順子はやがて袂を別つが、どちらがどちらを捨てたか迄は分からない。ただ山崎はその後、彼女とよく似た女性と結婚し、東京を離れ帰阪して、家業を継ぐ。彼女は彼女で、後年、山崎の事を聞かれても「あんな化物となんてとんでもない、死んでもいや」と答えていたと云う。

 ロリータ順子の死からほぼ十年後、山崎春美は「TACO with Differance」というバンド名義で数回のライブを行うが、この時どういう意図があったのかは分からないが、彼の歌う「嘔吐中枢は世界の源」が演奏されている。禍々しい呪詛が満ちたヴォーカルは、非常にテンションが高く、素晴らしい出来だったが、これも歳月の皮肉と云う他はない。勝って嬉しい花いちもんめ、負けて悔しい花いちもんめ…。

 そもそもは与しやすい少女を舞台に上げたのが、悲劇の始まりだったのではないだろうか。少女を礼賛するだけしか知らない今の日本は、やがて皆、子供に帰って衰退していくだろう。80年代に、少女の毒性を見誤ったのだ。

 「 娼婦は処女、非処女に関係なく女であるということですべからく娼女であり、それは或る意味でグロテスクな迄に美しい。」(「娼婦と少女と―売春考」)