ことばと音 Jロックの歌詞

2012年09月

jacket 前回の突然段ボールの記事で、リザードがパンクに同化しただけで、パンクそのものでないと書いたので、今回はそのまま話の続きとして、リザードを取り上げたい。

 前回紹介した突然段ボール『抑止音力』では、実は長くお蔵入りになっていた曲がある。「眼前の敵」というタイトルで、作者蔦木栄一の死後、その曲はボーナス・トラックとして再発CDに収録されたが、オリジナル版のリリース時、栄一は没にした理由を次のように語っている。
 「当初当LPは11曲を予定していましたが、『眼前の敵』という(平穏の様で、実は日本にもすぐに戦争になる要因は、そこここに、いくらでもあるという様な内容)1曲を没にしました。」
 「『眼前の敵』は、1990年の夏に作ったのですが、後に、本当に戦争(※湾岸戦争:筆者注)になり、日本では、ブラウン管の中だけにせよ戦争が身近になり苛酷な現実に、作品が遅れをとるとは、ロックとしてはこの上なく情けない話なので没にしたわけです。」

 この「眼前の敵」がお蔵出しされた後、筆者はその詞を見ることがあったが、予想通りというか、突段独自の非常に抽象化された歌詞で、そのままでは意図がリスナーに伝わらないと思える難解なものだった。おそらく普通に発表したところで「現実が作品に遅れを取った」と感じる者は居なかっただろう。しかし、それでも、突段のこの姿勢には非常な潔さと、高いプライドを感じる。

 日本のロック・パンク評論家は、昔からリザードやAUTO-MODの反体制的な姿勢、インテリゲンチャ的なその装いに甘かった。今でもなお、そういう評価があるし、本当に余りに甘過ぎたんで、結局その為にパンクはただの馬鹿騒ぎに終ったんじゃないかとさえ思う。ここでリザードについて言うなら、80年代初頭の、水俣問題を扱った「サカナ」とか、または三里塚や光州市街戦がどうだとか、文化人に語り尽くされた問題を今更ながらに歌詞で取り上げるなど、ポーズ以外の何物でもない。突段流に言えば、現実に遅れを取っているのだ。「政治的なロックバンド」としての安全なポーズ、そこにロックの精神があるなどとは到底思えない。ポリティカル・ソングとしても、リスナーがそれによって触発されなければ意味が無い。

 かなり辛辣な書き方をしているが、こうした批判はメディアはほとんどしないように思う。ロックの歌詞は決してそれのみでは評価されない、いつでも二次的な存在なのだ。しかし、ことばを必要としない音楽など陶酔があるのみで、これもまた無意味だと思う。

 リザードに話を戻すと、自分がモモヨ(菅原庸介)の詞を全面支持できないのはそういうポーズ先行の部分と、あと、文学臭の強さだ。これは好き嫌いもあるだろう。ただ自分は、モモヨの気取りが鼻につく韜晦的な歌詞や発言は嫌いだ。やたら、これはヘンリー・ミラーがどうの、これはボードレールの影響で、とか自曲の解説とか得々とやる神経も嫌だ。とにかく、やることが俗っぽいのだ。

 でも、そんなモモヨの曲にも、1曲だけ好きな曲がある。実はリザードのアルバムは結構、聴いている。1st、「バビロン・ロッカー」、「彼岸の王国」、紅蜥蜴時代の「けしの華」も。でも、どれも結局、彼の強い自己陶酔を見出しては辟易してしまう。辟易するのに聴き続けたのは、モモヨのある意味歪な個性が、まるでジグゾーパズルのピースのようにうまくあて嵌まる、探せばそんな曲があるんじゃないかと思っていたからだ。矛盾するようだが、ロック・バンドのヴォーカルに聖人君子はいらない。エゴむき出しでも、結局、その個性にリスナーが押し切られるかどうかに尽きるのだ。

 そして、とうとう巡り合ったのがリザードデビュー直前の音源集『LIVE AT S-KEN STUDIO'78 and more !』の曲、「マシンガン・キッド」だ。この曲は以前から過去音源集である『彼岸の王国』や映画『ロッカーズ』にも収録されていたが、いずれも曲の一部しか収録されておらず、全編収録されたのはこの時が最初だった。長くメジャーアルバムに未収録だったのは、あまりに犯罪賛美的な香りがするからかもしれない。推測になるが、この曲は、1965年の少年ライフル魔事件か、1968年の永山則夫連続射殺事件かが踏まえられているのかもしれない。貧困のうちに虐げられた少年が、銃を手に入れ、無差別に乱射する・・日本でも、そういう種類の殺人が見られるようになってから、曲の録音は十年後というのがリアルでない気もするが、もしかしたら70年代当時にも銃をめぐる事件があったのかもしれない。
 
 おれは町の疫病神さ 夜の町をうろつきまわり
 女どものどてっぱらに夢の種をまいてく
 ヘイ 逃げろマシンガンキッド

 マシンガンはもちろん、少年の性器の比喩だ。映画『ロッカーズ』では、マシンガンを乱射するかのような間奏で、モモヨがマイク・スタンドを銃に見立て、これを見ろと言わんばかりに客席に向ける。嫌ったらしい、自己顕示欲の塊のようなモモヨが、この曲ではギラギラと力を漲らせて、客を押し切るかのように迫ってくる。そう、この人はきっと、悪役でこそ輝く人なのだ。評論家っぽく、客観的な視点で、子供たちのために、とか、工場で虐げられている人が、とか、そんな陳腐な事を言っていてはいけない。マシンガンの弾こそ、彼が使うべき言葉そのものなのだ。

 黒く光るマシンガン 粋にこわきにかかえて
 女どものどてっぱらに夢の種をまいてく

 町田康が「モモヨなんて女好きのあほやないか!」と、当時のINUのライブで暴露的に絶叫している記録が残っているが、モモヨが本当に女好きなのかは知らない。でも、この歌はそんないかがわしさを持つモモヨしか歌えないのだ。屈折した犯罪者の嫌ったらしい顕示欲、逆に町田は歌えないかもしれない。リザードの同傾向の曲は他に「ロボット・ラブ」とか、「ロック・クリティック」とかあるのだが、「マシンガン・キッド」が一番、モモヨが対象に近づいた、なりきった曲だと思う。他の2曲は、少し理屈っぽい。

 余談になるが、やはり永山則夫の事を歌った曲で、三上寛の「ピストル魔の少年」があるが、あれもまた、三上寛の陳腐な面が出ている曲だと思う。(そういう意味では、三上寛も甘やかされているアーティストだ。)三上寛はピストル魔の少年を、「僕の友達よ」と歌う。「ぼくも君と同じ青森、同じ夢を見た」、なんて・・。自分は甘すぎると思う。ピストル撃つ前に、友達になってやればいいじゃないか。犯罪者へのシンパシーを歌う気持ち、永山則夫を擁護する気持ちは、自分は分からない。対象が犯罪者だからでなく、そもそも他人にシンパシーを感じるということ自体、幾らかの欺瞞を含んでいると思う。対象への距離が近いようで、実は遠いのだ。

 2009年、リザードは実に22年振りのスタジオ・レコーディング盤『Ⅳ』を発表する。筆者は未聴だが、この「マシンガン・キッド」も収録されているらしい。彼自身もおそらく気に入っているのだろう。初出の1978年から30年も経た頃に、またこういう形で作品を残すというのも、彼らしいと言えば、あるいは言えるか。50歳を超えても、おそらく生涯、モモヨは「キッド」であり続けるつもりだろう。それもまた、いいんじゃないかと思う。

 ヘイ 逃げろマシンガンキッド
 Run Run RunAway

 実際の犯罪者に同情はできないが、犯罪によってしか表現できない気持ちがある、としか結局は言えない。自分にとっても、ここまでが語れることの限界なのだろう。

_SL500_AA300_ 芸術もロックも、技術的に向上してソフィスティケートされるとつまらなくなる…これは周知の事実なのだろうか?変な様式美ができあがると、自由に改変されることは許されなくなる。何でもそうだ、ロックも、パンクも、つっぱりも、やくざも、企業も、国家も、革命も、どんどんルールが積み重ねられて、そつなく守れば「第一人者」だ。くだらねえ!

 それでも、どの分野でも一番最初、まだ名前もついていないその行為を、衝動のおもむくままに始めた奴がいるはずなのだ。先に挙げたパンク・ロックは、そもそも音楽のジャンルを指す言葉でなく、姿勢の問題だったんじゃないのか?システマチックな世界に、体ひとつ、ノーガードで立ち向かう事。

 突然段ボールを日本のパンク・シーン(そういうものがあったとして)に位置付けると、どんな立ち位置になるのだろうか。真に見識ある人間は、日本のパンクの正統の嫡子は、突段だと言うだろう。フリクションや、リザードなどではない。もちろん、ロック・バンドとしてフリクションらが駄目だとかいう話じゃない。良い曲もある。だが、彼らは少なくともその時、既にキャリアがあり、その中でうまくパンクを消化、ないしは同化しただけだ。突段は、蔦木栄一が美術畑からの転進であったりして、あまり「ロックっぽさ」が感じられない、言うならば異世界からの来訪者だった。

 もっとも、バンドの評価は、音楽的に独特であるかで全てが決まらないから、パス・レーベルで突段がデビューした時、ツアーはフリクションがメインで、突段は格下、添え物的な位置で、そしてその印象が結構ずっと付きまとったのかもしれない。しかし、それから三十年、いったい音楽に稔りが多かったのはどちらか!

 突段のデビュー作「ホワイト・マン/変なパーマネント」は、それでも、歌詞に判り易い諷刺を含むあたりにまだロックのイメージに配慮したような感触はあった。しかし、突段の本領はむしろこれ以降、ベースが脱退したにも関わらず見事なフルアルバムを完成させた『成り立つかな』、フレッド・フリスや、ロル・コックスヒルなど大物ミュージシャンと臆する事のない堂々とした共演、自由な発想に満ちたハンド・メイドなソノシート群、すべてが素敵な実験精神に満ち溢れていた。しかし、彼らの活動も、86年発表の20cmソノシート『逆ねじ』を区切りとして、一旦、音信が途絶えてしまう。それも無理からぬことだと思う。ここで止めても全くおかしくない。突然音楽を始めた者が、数年間精力的に活動してマンネリズムに陥らないことの方が余程有り得ないことだろう。

 しかし、愛すべき突段は復活した。5年のブランクの後に、徳間ジャパンから発表されたフル・アルバムが、『抑止音力』(1991年)である。当時の日本はバブル崩壊前夜、現在に至る全ての矛盾、全ての文化的退廃はこの頃に胚胎されていた。『イカ天』に代表される、赤信号皆で渡れば怖くない的なロック・シーンにおいて、突段は「糞尿めちゃぶつけ音楽」を演る。そう、本当に真のパンクが求められていたのは、実はこの1991年だったのだ。アルバムの1曲目「夢の成る丘」、蔦木栄一はコミカルにさえ聴こえるリズムマシーンに乗せて、猛然と檄を飛ばす。

 くだらねえ人生、くだらねえロック、くだらねえ男、くだらねえ女、くだらねえ日本、
 くだらねえ一生、くだらねえババア、くだらねえガキ、くだらねえ仕事、

 誰でも「あーあ、くだらねえ」と呟く事があるだろう。もし「何が」と突っ込まれたら?「全てがだよ!」「そんなわけないだろ?」…分からない奴には一つ一つ、教えてやらなければいけない。くだらねえ男がのさばって、くだらねえ物食って、くだらねえ家に住んで、くだらねえ都市を形成し、くだらねえ会社に行き、くだらねえテレビ観て、くだらねえ一生を送る…バブル前夜の日本は、確かにすっからかんだった。内容の無いものに形だけ与え、喜んでいた。真のパンク、真の遊びが忘れられていた。

 歩行指導をマスターした 行進がそのまま行きすぎ、行進し続けるとはなんと素気無い。
 しかし入り組んだ草むらを 右横左横するのもまっぴらだ。
 経験と理性のよってきれいに整地された丘で それぞれ勝手に好みの遊びに興じたい。

 「抑止音力」とは何か。当時のライナーから、「ロックが現状の推進に幾許かでもダメージをあたえるか否かという意味で付けました」「私は、現行の世界の営みとそれを動かす力の質が大嫌いです。はっきり言って、経済破綻、天変地異を望む程です。大方がいやでいやでたまらない」。音楽のテロリズムだ。しかし、このいやだいやだという感覚、マイナーパワーをぶちまける事こそ、ロックの本質なのだと栄一は主張する。同時に「最近のバンドバカ状況や、バンドバカ青少年は、この基本がなってない」とも言う。栄一にとっては孤軍奮闘するしかない、絶望的な状況だった。

 自分が「夢の成る丘」が素晴らしいと思うのは、蔦木栄一と自分の世界観が同じだからではない。確かにバブルのあの時代はくだらなかったと思う。(何より自分はブルーハーツが嫌いだったから、シーンがビート・パンクの色に塗り潰されていくのが、ただ悲しかった。)だが、蔦木栄一は否定ばかりの空しさもよく知っている、賢い人だった。以下、歌詞はこう続く。

 この幸福の丘で、不可能の壁を越えて喜びのすべてを束ね
 丘の花壇に植えよう
 その時 空はねじれ、地面は抜け落ちるさ・・・・。

 喜びに辿り着くには、不可能の壁を越えなくてはいけない。壁とは?壁はどこにでもある。ここが限界だと思っている事。こうするより仕方がないと思っている事。暗黙の差別。分かり合えないと思うこと。。。『既成事実とこれを推進する向きとの漠々とした対決』とは、その壁のことだ。

 「クソなものをクソだと言い続けるのも、ムダに力を消耗する」という理由で、突段は次作『不備』を以て否定的精神がテーマの作品を生み出すことはしなくなる。以降の活動は、まさに自由闊達、吹っ切れたように快作を発表し続ける(『好きだよ』『スーパー』『感傷音楽』『この世に無い物質』)。しかし、なぜ、そんな事が可能だったのか。秘密の鍵は本作にある。くだらない物に対して突段が全力でぶつかった事は、決してくだらない事ではなかったのだ。

 くだらねえ表現、くだらねえ遊び、くだらねえ幻想、くだらねえ物、くだらねえ関係、
 くだらねえ事実、くだらねえ生産、くだらねえ主義、くだらねえ技術、くだらねえ科学、
 くだらねえ家族、くだらねえ意識、くだらねえ決まり、くだらねえ未来、くだらねえ部品、
 くだらねえ全部、くだらねえ価値、くだらねえ生活、くだらねえくだらねえ

 「夢の成る丘」は、蔦木栄一の中の否定的世界と肯定的世界が、真っ向からぶつかり合い火花を散らす、稀有な一曲となった。

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