_SL500_AA300_ 芸術もロックも、技術的に向上してソフィスティケートされるとつまらなくなる…これは周知の事実なのだろうか?変な様式美ができあがると、自由に改変されることは許されなくなる。何でもそうだ、ロックも、パンクも、つっぱりも、やくざも、企業も、国家も、革命も、どんどんルールが積み重ねられて、そつなく守れば「第一人者」だ。くだらねえ!

 それでも、どの分野でも一番最初、まだ名前もついていないその行為を、衝動のおもむくままに始めた奴がいるはずなのだ。先に挙げたパンク・ロックは、そもそも音楽のジャンルを指す言葉でなく、姿勢の問題だったんじゃないのか?システマチックな世界に、体ひとつ、ノーガードで立ち向かう事。

 突然段ボールを日本のパンク・シーン(そういうものがあったとして)に位置付けると、どんな立ち位置になるのだろうか。真に見識ある人間は、日本のパンクの正統の嫡子は、突段だと言うだろう。フリクションや、リザードなどではない。もちろん、ロック・バンドとしてフリクションらが駄目だとかいう話じゃない。良い曲もある。だが、彼らは少なくともその時、既にキャリアがあり、その中でうまくパンクを消化、ないしは同化しただけだ。突段は、蔦木栄一が美術畑からの転進であったりして、あまり「ロックっぽさ」が感じられない、言うならば異世界からの来訪者だった。

 もっとも、バンドの評価は、音楽的に独特であるかで全てが決まらないから、パス・レーベルで突段がデビューした時、ツアーはフリクションがメインで、突段は格下、添え物的な位置で、そしてその印象が結構ずっと付きまとったのかもしれない。しかし、それから三十年、いったい音楽に稔りが多かったのはどちらか!

 突段のデビュー作「ホワイト・マン/変なパーマネント」は、それでも、歌詞に判り易い諷刺を含むあたりにまだロックのイメージに配慮したような感触はあった。しかし、突段の本領はむしろこれ以降、ベースが脱退したにも関わらず見事なフルアルバムを完成させた『成り立つかな』、フレッド・フリスや、ロル・コックスヒルなど大物ミュージシャンと臆する事のない堂々とした共演、自由な発想に満ちたハンド・メイドなソノシート群、すべてが素敵な実験精神に満ち溢れていた。しかし、彼らの活動も、86年発表の20cmソノシート『逆ねじ』を区切りとして、一旦、音信が途絶えてしまう。それも無理からぬことだと思う。ここで止めても全くおかしくない。突然音楽を始めた者が、数年間精力的に活動してマンネリズムに陥らないことの方が余程有り得ないことだろう。

 しかし、愛すべき突段は復活した。5年のブランクの後に、徳間ジャパンから発表されたフル・アルバムが、『抑止音力』(1991年)である。当時の日本はバブル崩壊前夜、現在に至る全ての矛盾、全ての文化的退廃はこの頃に胚胎されていた。『イカ天』に代表される、赤信号皆で渡れば怖くない的なロック・シーンにおいて、突段は「糞尿めちゃぶつけ音楽」を演る。そう、本当に真のパンクが求められていたのは、実はこの1991年だったのだ。アルバムの1曲目「夢の成る丘」、蔦木栄一はコミカルにさえ聴こえるリズムマシーンに乗せて、猛然と檄を飛ばす。

 くだらねえ人生、くだらねえロック、くだらねえ男、くだらねえ女、くだらねえ日本、
 くだらねえ一生、くだらねえババア、くだらねえガキ、くだらねえ仕事、

 誰でも「あーあ、くだらねえ」と呟く事があるだろう。もし「何が」と突っ込まれたら?「全てがだよ!」「そんなわけないだろ?」…分からない奴には一つ一つ、教えてやらなければいけない。くだらねえ男がのさばって、くだらねえ物食って、くだらねえ家に住んで、くだらねえ都市を形成し、くだらねえ会社に行き、くだらねえテレビ観て、くだらねえ一生を送る…バブル前夜の日本は、確かにすっからかんだった。内容の無いものに形だけ与え、喜んでいた。真のパンク、真の遊びが忘れられていた。

 歩行指導をマスターした 行進がそのまま行きすぎ、行進し続けるとはなんと素気無い。
 しかし入り組んだ草むらを 右横左横するのもまっぴらだ。
 経験と理性のよってきれいに整地された丘で それぞれ勝手に好みの遊びに興じたい。

 「抑止音力」とは何か。当時のライナーから、「ロックが現状の推進に幾許かでもダメージをあたえるか否かという意味で付けました」「私は、現行の世界の営みとそれを動かす力の質が大嫌いです。はっきり言って、経済破綻、天変地異を望む程です。大方がいやでいやでたまらない」。音楽のテロリズムだ。しかし、このいやだいやだという感覚、マイナーパワーをぶちまける事こそ、ロックの本質なのだと栄一は主張する。同時に「最近のバンドバカ状況や、バンドバカ青少年は、この基本がなってない」とも言う。栄一にとっては孤軍奮闘するしかない、絶望的な状況だった。

 自分が「夢の成る丘」が素晴らしいと思うのは、蔦木栄一と自分の世界観が同じだからではない。確かにバブルのあの時代はくだらなかったと思う。(何より自分はブルーハーツが嫌いだったから、シーンがビート・パンクの色に塗り潰されていくのが、ただ悲しかった。)だが、蔦木栄一は否定ばかりの空しさもよく知っている、賢い人だった。以下、歌詞はこう続く。

 この幸福の丘で、不可能の壁を越えて喜びのすべてを束ね
 丘の花壇に植えよう
 その時 空はねじれ、地面は抜け落ちるさ・・・・。

 喜びに辿り着くには、不可能の壁を越えなくてはいけない。壁とは?壁はどこにでもある。ここが限界だと思っている事。こうするより仕方がないと思っている事。暗黙の差別。分かり合えないと思うこと。。。『既成事実とこれを推進する向きとの漠々とした対決』とは、その壁のことだ。

 「クソなものをクソだと言い続けるのも、ムダに力を消耗する」という理由で、突段は次作『不備』を以て否定的精神がテーマの作品を生み出すことはしなくなる。以降の活動は、まさに自由闊達、吹っ切れたように快作を発表し続ける(『好きだよ』『スーパー』『感傷音楽』『この世に無い物質』)。しかし、なぜ、そんな事が可能だったのか。秘密の鍵は本作にある。くだらない物に対して突段が全力でぶつかった事は、決してくだらない事ではなかったのだ。

 くだらねえ表現、くだらねえ遊び、くだらねえ幻想、くだらねえ物、くだらねえ関係、
 くだらねえ事実、くだらねえ生産、くだらねえ主義、くだらねえ技術、くだらねえ科学、
 くだらねえ家族、くだらねえ意識、くだらねえ決まり、くだらねえ未来、くだらねえ部品、
 くだらねえ全部、くだらねえ価値、くだらねえ生活、くだらねえくだらねえ

 「夢の成る丘」は、蔦木栄一の中の否定的世界と肯定的世界が、真っ向からぶつかり合い火花を散らす、稀有な一曲となった。